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【実話】妻が社長になるまでの道のり。

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時雨です。@shig645

今回は妻である社長が、如何にして社長に就任することになったのかを包みなく語ります。

結婚してから

結婚してからのことは以下の記事をご覧ください。

以下は子供が生まれてからのお話です。

元々、会社の時期社長になる人は決まっていた。
それは妻である社長の兄。

その人は俺の上司でもあり、会社の取締役だった。
俺では到底思い浮かばない加工方法を編み出したりと、
皆にも一目置かれる存在だった。

そんな人が居たら、
『この会社は将来安泰だ。』

そう思うことでしょう。
しかし、現実はそう行かなかった。

なんとその兄、俺からすれば義理の兄が突然会社を辞めた!!
本当に突然に。

引き継ぎも何もなし。
誰にも何も言わず、数日会社に来ないと思ったら、

『俺、起業することにしたわ!』

そう、爽やかに電話口で言ったらしい。

当然ながら社内は大混乱!
前社長は息子の謀反に大大大激怒!!!

直属の部下だった俺も、
工具屋などのやり取りは上司の義兄が行なっていたし、
機械の操作も機械のプログラムも投げっぱなし。

今まで貴方に会社がどれだけお金を掛けてきたか。
・度重なる、次期リーダーのセミナー費用だったり。
・経営のノウハウを学びに行った費用だったり。
・経費で明らかに私物のような物を買っていたり。

もう、その時は本当に色々嫌になった。

毎日が様々な対応でギスギス。
社内は次期トップを失い、阿鼻叫喚。
前社長は心労で衰える。

正直、義兄には恨みを持った。
どうして、そんな恵まれた環境を自ら手放すのか?
給料だって、結構貰っていただろうに。
家庭を持っているのに、何故???

袂を分かった今では、理由は解らない。

そんな中、高齢になった当時の社長はこう宣言した。

【次期社長は娘にする!】、と。

誰も社長になると立候補はしなかった。
前社長は涙ながらに、幹部たちを集めてそう言った。

妻は正社員経験はあるが、何かのリーダーになったこともない。

そしてちょうどその時、妻の当時の本業であった小売が軌道に乗ろうとしていた。
まさにそんなタイミングで今回の“事件”は起きた。

もうね、妻は本業の小売と副業の会社の事務が逆になっちゃったのよ!!!

結構、小売の方は俺も応援していたので、残念で仕方なかった。

妻は即日、取締役に就任した。

 

妻が取締役になってから

社員の顔は知ってはいても、腹では何を考えているのかは分からない。

俺はこの時、諏訪貴子氏の本を読んだりしてた。
妻も一緒に、必死になった読んだ。

諏訪貴子氏についてはこちら。

経緯は違えど、製造業の二代目女社長だということには変わりない。

諏訪貴子氏の書籍も参考になったので、ご紹介。


その他、経営者の本は片っ端から読んだ。

この本も経営方法が斬新で参考になりました。

中でもHILLTOP株式会社はユニークだし、
副社長の山本決め台詞はカッコ良かった!

“楽しくなければ仕事じゃない”

これは弊社にも是非取り入れて行きたいと、
今でも思っている。

人って、嫌々と仕事するのは精神衛生上、よろしくない。
そんなつまらない人には俺たちはなりたくなかった。

HILLTOP株式会社様に関しては以下のサイトから。
サイトもユニークです。

代表取締役 副社長 山本昌作氏に関してはこちら。

この方には、山本昌作氏のセミナーに妻と私が参加し、
実際にお会いしました!

火災により全身大火傷をして、
三度の生死を彷徨ったと言う山本昌作氏。

死の淵から蘇った方の発言は心に響きました。
私は実際に、私自身が会社の更なる発展の為に思うことをご本人に問うてみた。

私「弊社はオリジナル製品がなく、受注生産の体制だがオリジナル製品を視野に入れて行った方が良いか?」

山本昌作氏
『御社は御社でしか出来ない、精密微細プラスティック加工をやられている。その道を進んで、極めて行けば、道は開けると私は思います。』

大まかにですが、このように激励されました。

セミナーの後の懇親会では、
・名刺交換
・妻と私、山本昌作氏との3ショットでの写真撮影
・最後に固い握手!

私、握手って好きなんです。
手って、その人の人生が刻まれているのが分かるから。
山本昌作氏の手は火傷をした手と言えど、いい手の形でした。

山本昌作氏は書籍も出されています。
私は書籍で御方を知りました。

製造業の方はもちろん、そうでない方でも大変為になる一冊です。

妻は、まずは以下のことを大事にしてきた。
・社員とのコミュニケーション
・社内の改善点を聴いて回る
・改善点を実行する

それらを地道に1つ1つ、やっていって。
少しずつ、皆が妻に心を開いた気がした。

やはり、【社長の娘】というレッテルはなかなかに拭えなかった。
前社長は俗に言う、『ワンマン社長』

妻も同じことをするのでは?
そう思われていたのかもしれない。

それに弊社は職人気質な面もあるので、
加工技術の知らない人間がトップだということが気に入らない!
そう思われていたようです。

ただでさえ、時系列で言うと、子供が歩くことを覚えたくらいの時期だった。

千里の道も一歩から。
人との信頼関係を築く。

これは私たち夫婦の教訓にしてます。

なんとか、社内もまとまってきて、
いよいよ前社長が退任することに。

結構、いや、かなりの仕事人間だっただけに意外にも早くの退任。
皆、死ぬまで終身社長!
だと思っていたのに・・・意外すぎる。

そして、妻の社長就任が決定した。
大企業ではないので、社長就任式は無し。

それでも晴れ晴れとした、いい顔で。
妻は、社長になった暁に新社長としての幕開けの宣言をしたのだった。

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